朝鮮戦争の終戦宣言をめぐり膠着状態におちいっていた朝米対話が第2回朝米首脳会談を軸に再び動き出そうとしている。
トランプ大統領は、平壌での南北首脳会談(9月18日~20日)を終え国連総会に出席した文在寅韓国大統領との会談直後に、「我々(朝米両首脳)の関係は非常に良く、ある面では特別」「我々は近いうちに第2回首脳会談をすることになるだろう」(24日)と、金正恩委員長との再会談に強い意欲を示した。これを受けて米国務省は10月にポンペオ国務長官が北朝鮮を訪問すると発表した。
第2回朝米首脳会談が現実化したことで、焦点になっている終戦宣言の行方に関心が集まっている。
韓国の保守系紙「中央日報」(9月25日)は、北朝鮮の一方的非核化を求め終戦宣言に反対するだけでなく第2回朝米首脳会談の開催自体に反対する強硬派の意見を主に編集しながら、マサチューセッツ工科大学のヴィピン・ナラン教授がトランプ大統領の発言の直後、ツイッターで明らかにした次のような主張を紹介している。
「文在寅大統領はトランプ大統領に対し、北朝鮮が一方的に武装解除するという妄想から抜け出し、軍備統制と核兵器制限および抑制のための交渉を始める最後の機会を提供したが、これを受け入れるべきだ」
ヴィピン・ナラン教授がなぜ「妄想」という言葉を使ったのか知る由もないが、妄想とは、もともと病的な症状を指すもので、その意味するところは「誤った判断、確信」だ。
つまりヴィピン・ナラン教授は「北朝鮮が一方的に武装解除する」というのは「誤った判断、確信」で、そこから早く「抜け出し」現実的に対応すべきだと主張しているのである。
ナラン教授の指摘は、朝米関係の歴史と北朝鮮の現状からみて、極めて現実的で理性的な主張であろう。
北朝鮮の一方的武装解除と、その先にある北朝鮮政権の崩壊が妄想に過ぎなかったことは、クリントン、ブッシュ、オバマの歴代政権下での朝米交渉史が示している。
冷戦の崩壊と社会主義圏の盟主であったソ連の解体後、東欧社会主義国が軒並み崩壊し、北朝鮮でも建国の父である金日成主席が逝去、後に「苦難の行軍」といわれた経済危機が重なり、西側では政権崩壊は必至と信じられた。事実、戦略国際問題研究所は金日成主席逝去直後に「5年崩壊」説を唱え、1998年にはCIAが「5年以内に崩壊する」との秘密報告書を作成していた。またオバマ大統領は自らが「アメリカは北朝鮮に対する圧力の水位を高め、時間とともに北朝鮮は崩壊することだろう」(2015年01月28日)と述べていた。
しかし、北朝鮮は崩壊しなかった。またこれから崩壊するという根拠もない。米国は24年間にわたって「誤った判断、確信」に基づいて北朝鮮とゲームを行ってきたのだ。圧力を強めれば必ず北朝鮮は崩壊するという「確信」は妄想に過ぎなかったことが白日の下にさらされたわけだ。
クリントン政権下で国防長官を務め、`98~`00年には「北朝鮮政策調整官」としてペリープロセスを提唱、推進したウィリアム・ペリー氏は一昨年10月「ハンギョレ新聞」のインタビューに応じ、「北朝鮮は核を放棄しないため、北朝鮮を崩壊させるか、崩壊することを待たなければならないと主張する人もいますが」との質問に次のように答えている。
「私たちは長い間北朝鮮が崩壊するのを待っていた。しかし、そのようなことは発生しなかった。
それは戦略ではない。北朝鮮の人々は、厳しい経済状況を耐え抜く覚悟があるように見える。
北朝鮮が崩壊するといういかなる根拠も、(私は)知らない」(2016年10月3日付け)
米国が妄想にさまよう中、北朝鮮は「国家核戦力を完成」させた。「国家核戦力の完成」はゲームチェンジをもたらした。米国が一方的に核兵器で恫喝してきたゲームの流れが変わったのだ。
英王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)のジョン・ニルソン=ライト博士は、BBC Newsへの、「北朝鮮のICBM実験『ゲーム・チェンジャー』か」との寄稿文(2017年07月6日 )で次のように指摘している。
「アラスカを射程圏内に収める今回の実験は、象徴的な意味でも実際的な意味でも、紛れもない『ゲーム・チェンジャー』(試合の流れを一気に変える要因)だ。
大半の米国本土からは地理的に離れているとはいえ、アラスカという米国領土がついに北朝鮮政府の標的内に入った。
そして、北朝鮮が単に北東アジア地域や米国の主要同盟各国への『本物で現在の』危険だというだけでなく、米国そのものにとっての『本物で現在の』危険なのだと、米国大統領が初めて受け入れざるを得なくなった。」
これは2017年07月4日の「火星14」の発射実験を受けての指摘だが、北朝鮮はその後ワシントンを射程に収める「火星15」の試験発射にも成功している。
またロシアのプーチン大統領は1月11日、ロシアの新聞雑誌・通信社の編集長らとの会談で、新年初めの現時点での朝鮮半島情勢をどう評価するかとの質問に答え、「言うまでもなく、このゲームに金正恩氏は勝ったと私は思う。金氏は自らの戦略的課題を解決したのだ。
つまり、金氏のもとには核爆弾があり、1万3千キロという世界規模の射程を持つミサイルがある。
このミサイルは、事実上地球のどの地点にも到達可能で、金氏にとって想定される敵国領土のあらゆる地点に、どのような場合でも届く性能をもつものだ」と述べた。さらにプーチン大統領は、現在金氏が「情勢を浄化し、緩和し、沈静化させる」ことに関心を持っているとして、「金氏は全くしっかりとした、既にれっきとした熟練政治家だ」と付け加えた。
しかし、米国の強硬派と日本政府、両国の大手マスコミは、ゲームの流れが変わったという厳然たる事実に顔を背けている。終戦宣言に反対し、圧力による一方的武装解除に固執するかとおもえば、北朝鮮が対話に応じたのは「圧力の結果」と言いながら第二回朝米首脳会談には「前のめり」と非難するなどの支離滅裂な主張に表れている。
ゲームチェンジに感情的に反発しながら、圧力で北朝鮮を武装解除させることができると考えるのは、強硬勢力が北朝鮮崩壊の妄想から抜け出せていないことを示している。
妄想の特徴は、妄想を持った本人にはその考えが妄想であるとは認識できないことにある。いつまでも妄想の中をさまようのではなく、早く現実に目覚め、和平プロセスを進めるほうが米日の国益に質するのではないか。(M.K)
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