個人的な事情で久しぶりに文を書くことになりました。
今回の文では、北の軍隊と人民との関係について簡単に話そうと思います。
北の軍隊は抗日パルチザンがその母胎であり、「ただ信じるは人民しかなく、魚が水を離れて生きられないように、遊撃隊は人民と離れて生きられない」とする朝鮮パルチザンの指揮官だった方(故・金日成主席)の志がそのまま伝統となり、軍民一致を人民軍の生命と捉えています。
軍隊の名称も「人民軍」であり、人民の息子・娘が手に銃を取り自身の父母、兄弟、姉妹を守っています。
人民もまた、自身の子らが軍服を着て片手に銃を取り祖国の山河を守り、もう一方の手には作業道具を取って自身の父母兄弟のために建設もし、農事も行い採炭作業も行うのを見ながら信心と勇気を得ます。
北の人民の誰もが口を揃えて話す事があるのですが・・危険で難しい状況では、自身も気づかぬうちに「軍隊さん」を探し、道行く途中でも軍隊を見ると心強くなるというのです。
北の地では、あの困難な「苦難の行軍」の時期にも数多い難関と隘路を軍隊が先に立って克服して行ったし、自身の子らのそのような姿から人民は力を得て信頼は強くなっていきました。
あの苦しかった時期、軍隊と人民の間には涙ぐましい愛と信頼の逸話が数多く誕生しました。
私は成り行きで南の地に来ましたが、彼の地にいるあいだ本当に立派な人たちを沢山見たし、当時でも自己嫌悪感に陥ることが多かったです。
彼の地にいた時も、彼の地を離れた後もあの国は絶対に倒れないとの確信を持っているのは、抗日の歴史をよく知り、あんなに素晴らしい方々があまりにも多くいるあの国をよく知っているからです。
南の地に来て、あまりにも荒唐無稽な「北崩壊説」と、あらゆる嘘と捏造に染まった北の地に対する情報を知り、実に痛憤かつ惨憺たる思いになりました。
北の地があの凄まじい難関に打ち勝ち今日に至ったのは、上から下まで軍隊と人民全員が一致団結して子孫万代の繁栄のために、今日の自身を祖国の領土に献身したからだと思います。
南の大統領が平壌市民の前で、「凄まじい苦難に打ち勝ち民族の自尊心をついに守り抜いた」と演説するのを見て多くの感動をもらいました。
彼の地で生まれ高等学校を卒業した私は、彼の地の素晴らしい人々のように暮らすことが出来なかったし生きても行けませんが、絶対に、あの人たちを冒涜し敢えて後ろ指さすような背倫を犯すことも出来ません。
今の現実で私自身の願いは、一日も早く南の地の全ての人が正しく確実に北の兄弟姉妹について知り理解する、そんな日が来ることを願うのみです。
それがまさに統一だと思います。
北の兄弟姉妹は南の政治体制、歴史的事件について比較的正確に知っているし、特に、嘘と捏造で作られた情報で南の地を知り理解する人は殆どいません。 もちろん、貸付金、家賃、敷金、各種税金の名称などは知らないでしょう。
今日は北が誇る軍民一致について簡単に文で表現しましたが、数行の文で北の軍民一致の歴史を込めるのは不可能だということを、この文を読まれる方もよくご存知でしょう。
また、私の能力に限界があることが嘆かわしいだけです。
ですが、私が暮らしたあの美しい地、彼の地の素晴らしい人々が冒涜されることが我慢ならず、微力ながら叫んでみます。
コメントを残す