トランプ大統領にとってシンガポール首脳会談はノーベル平和賞への道であり、ハノイ会談はその道を閉ざす結果を招くことになろう。
一部ではハノイ会談でとった行動はレイキャビクを念頭に置いたもので、その再現を狙ったとの、もっともらしい解説がある。 この解説が事実かどうかにはまったく関心がない。
はっきりしていることは、シンガポールでトランプ大統領は側近の強硬論を退け、ハノイでは側近の強硬論に従ったことだ。 側近の口車に乗って「ビックディール」を云々して「リビアモデル」を強要したところで、北朝鮮が受け入れるはずもなく、レイキャビクの再現を望めないばかりか、ノーベル平和賞にも手が届かなくなるのではないか? 日本の首相に推薦させるほど欲しいこの賞がとるに取れない空の星と化してしまうだろう。
トランプ大統領は4月2日(現地時間)共和党全国委員会(NRCC)年間春季晩餐会で、第2回米朝首脳会談当時、「金正恩委員長に『あなたは合意(deal)のための準備ができていない』と言って席を離れた」と自慢げに述べているが、どうも勘違いしているようだ。 北朝鮮ははじめから「リビア方式」を受け入れる考えはまったくなく、したがってそのような準備もしない。 このような北朝鮮の意思は、トランプ大統領自身がシンガポール首脳会談前に確認しているはずだが忘れてしまったのか? ハノイ会談の結果を報じたニューヨーク・タイムズ紙(3月2日)は「ビックディール」を北朝鮮が受け入れなかったことに関連して「トランプ大統領の失敗した計略」と指摘したが、自らが否定した「リビアモデル」を再び持ち出したのは、驕りのなせる技なのか、健忘症のせいなのか?
経済的圧迫で北朝鮮を追い詰めればレイキャビクを再現できると考えるのはあまりにも愚かだ。 耳元で「冷戦を終わらせたレーガンの栄光を」とささやくポンペオ長官など側近の甘言に惑わされないほうが良い。
レイキャビクで白旗を掲げたソ連は崩壊し、ロシアは弱体化した。 ウクライナでの米国によるカラー革命に対抗してクリミアを併合し、軍事力を投入して米国に対抗して戦ったシリアのアサド政権を支援した、強いロシアを取り戻すのには大きな犠牲と長い歳月を必要とした。 米国によるINF条約の廃棄も中米摩擦も、レイキャビクがもたらした米一極体制の終焉、衰退する巨象を象徴するもので、多極化への流れはもはや止めようがない。
北朝鮮はこの歴史の一コマ一コマを鮮明に記憶し、その教訓に基づき、米国のレジームチェンジを目指す敵対政策に対応して「国家核戦力を完成」させるに至っている。 時代は進み状況も異なる。 レイキャビクの再現がいかに愚かで実現不可能な妄想であるかは時間が証明しよう。
「『ビッグ・ディールでなければ何もない』という古い旗のもと、再び外交を放棄することは、さらに多くの核兵器で武装した北朝鮮というたった一つの結果を生む」
米国務省と中央情報局(CIA)で勤務した、北朝鮮問題専門家であるロバート・カーリン 米スタンフォード大学国際安保協力センター客員研究員が4月4日、「ロサンゼルス・タイムズ」に載せた、「北朝鮮に関してトランプはジョン・ボルトンではなく、自分の本能を信じるべき」というタイトルの寄稿文の一節だ。
カーリン客員研究員がこの寄稿文で示した分析は実に興味深い。
その一部分を紹介すると同氏は、「リビアモデル」はボルトン補佐官がブッシュ政府時代にも提案し、結局北朝鮮が凍結してきたプルトニウムプログラムを再稼動させたアプローチだと指摘した。 同氏は、1994年に結ばれたジュネーブ合意がボルトン補佐官の主導で2002年に破棄されたの認識を示し、「北朝鮮にとって、これ(リビアモデル)は本当に外交ではなく、単なる降伏要求」で、「このような戦術は北朝鮮に通じないということを、私たちはすでに知っている」と強調したのだ。 米国の強硬派とそれに追従するマスコミと日本などの専門家とマスコミは、ジュネーブ合意破綻の原因を北朝鮮の「約束違反」に求めているが、カーリン客員研究員は、ブッシュ政権下でCVIDなる「リビアモデル」を作り上げた、ボルトンなどのネオコンの強硬策によって破棄されたと指摘したのだ。 米国のまともな研究者、専門家が同意する正しい分析だ。
トランプ政権が、「リビアモデル」を持ち出すのは、ブッシュ共和党政権の二番煎じにすぎず、北朝鮮によって拒否されることは疑いようがない。 すでにハノイで拒否した。
またハノイ会談後にも、「リビアモデル」を持ち出した「米国といかなる妥協もするつもりはないし、今回のような交渉は尚更行う意欲も計画もない」と、対話の中断も辞さない姿勢を鮮明にしている。(3月15日に記者会見を行った崔善姫外務次官の発言)
ポンペオ国務長官は、崔善姫外務次官の発言が伝わるや、同日、当惑したかのように国務省で記者会見し、「対話と交渉が継続できるとの望みを抱いている」との姿勢を示した。 また同長官は4月1日には、3回目の首脳会談が「数か月以内に実現することを期待している」と、唐突に述べた。 朝米交渉の存続自体が危機に直面している時に、「3回目の首脳会談」とは、実に空虚に聞こえる。 ポンペオ長官には、朝米交渉が中断するとよほど困ることがあるのか?
いずれにしろ、経済制裁と圧迫で北朝鮮に「リビアモデル」を呑ませることは、空の星を取ることよりも難しい。
トランプ大統領にとって今は、レイキャビクの再現をささやく側近の強硬論に耳を貸すのではなく、「『ビッグ・ディールでなければ何もない』という古い旗のもと、再び外交を放棄することは、さらに多くの核兵器で武装した北朝鮮というたった一つの結果を生む」、「さらに悪いのは、これ(『ビックディール』)が失敗した場合に実現可能なプランBはなく、(あるのは)圧迫の効能に対するほとんど宗教に近い信頼だけだ」とのカーリン客員研究員の指摘をかみしめる時だ。
実現する可能性がないレイキャビクの再現ではなく、自らがサインしたシンガポール共同声明に立ち返り、朝米関係を改善し、朝鮮戦争を終わらせ、朝鮮半島を非核化するのが、ノーベル平和賞への近道だ。(M.K)
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