M.K通信 (30)「失敗したアプローチ」

ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は「FOXニュース・サンデー」のインタビュー(5月2日)で、朝ロ首脳会談(4月25日)を行ったプーチン大統領が指摘した6者会談について、「過去に失敗したアプローチだ」と指摘、不快感をあらわにした。

プーチン大統領が朝ロ首脳会談直後の記者会見で、「非核化は北朝鮮の軍備縮小を意味するもの」で、「北朝鮮の安全と主権維持のための保証が必要だ」と強調したことは広く報道されている。 6者会談に対する言及も北朝鮮に対する安全担保提供の脈絡で述べられたもので、「もし米国や韓国の保証が不十分な場合は、6者会談という多国間の枠組みが必要になる」と指摘した。

プーチン大統領の指摘は、朝米会談を通じて敵対関係を改善し朝鮮半島に強固な平和体制を構築することによって自らの安全を担保しようとする北朝鮮にとって歓迎べきことと推察される。朝鮮半島の平和体制が「多国間の枠組み」によって保障されることを否定する理由はない。プーチン大統領が、北朝鮮が朝米交渉で獲得すべき核心である安全保障の問題で、北朝鮮と足並みをそろえて見せたわけだ。

ボルトン米大統領補佐官が6者会談を「過去に失敗したアプローチ」と否定し不快感をあらわにしたのは、ブッシュ政権の時に失敗に終わった6者会談の形式それ自体が問題なのではなく、プーチン大統領が北朝鮮の安全担保のための「多国間の枠組み」を提案しながら、朝鮮半島非核化の主要なプレーヤーとして登場したためであろう。核大国ロシアが非核化問題で北朝鮮と歩調を合わせたことは、米国にとって大きなプレッシャーにならざるを得ないからだ。

過去に行われた6者会談が破綻したのは会談の形式そのものに問題があったわけではなく、ブッシュ政権が北朝鮮との合意を守らず、「先武装解除」を追及しレジームチェンジを策したためだ。 2003 年 8 月に始まった 6者会談で、米国が持ち出した「核兵器開発の完全で検証可能且つ不可逆的な放棄」、CVIDはその手段であった。 CVIDの傲慢な要求はリビアでは成功し「リビアモデル」とも呼ばれるが、朝鮮半島では北朝鮮の強力な反撃に直面し、6者会談を破綻させた原因になった。

「過去に失敗したアプローチ」というなら、会談の形式ではなく、およそ外交交渉とかけ離れた降伏要求とでも言うべきCVIDのアプローチであろう。 米国がハノイ会談で唱えた「ビックディール」は、新しい「提案」ではなくトランプ大統領自身が一度は否定してみせた「リビアモデル」、すなわちCVIDにすぎない。 「ビックディール」の中身はCVIDのコピーで、「過去に失敗したアプローチ」そのものだ。

ブッシュ政権時に行われた6者会談で北朝鮮は、北朝鮮を「悪の枢軸」として核先制攻撃も辞さないと恫喝しCVIDの受け入れを迫った米国に対し、核保有宣言と6者会談の無期限中断、プルトニュームの抽出再開などの強硬策で応じた。 6者会談での朝米の応酬を詳述することは避けるが、北朝鮮の強硬姿勢に態度を軟化させざるを得なかった米国との間で、北朝鮮による核計画の申告、核施設の無能力化、米国による制裁解除、朝米国交正常化、平和体制への行動を主な内容とし、これを行動対行動の原則で段階的に行うことを約束する、共同声明などの一連の合意が成立した。 朝米合意に基づき北朝鮮側は、2008 年 5 月に核開発計画に関して約 1 万 8000 ページに及ぶ報告書を提出して核施設を凍結、6月には黒鉛減速炉の冷却塔を爆破するなど、申告と無能力化の大半を終了した。 にもかかわらず米国は朝米国交正常化、平和体制の構築には一歩も動かず、さらには一連の合意にもない「査察」を要求、それを軍事施設にも拡大しようと画策するなど、一方的な非核化、武装解除を追及、6者会談を破綻させるに至った。

現在の状況は当時と酷似している。米国はシンガポールでの朝米共同声明の発表にも関わらず、8か月後に行われたハノイ会談では共同声明とは相いれない強硬策を打ち出し朝米交渉を膠着させた。 「ビックディール」は敗戦国にでも要求するような傲慢な武装解除の要求で、北朝鮮は「先武装解除、後体制転換」の試みと厳しく非難している。 共同声明で約束した朝米関係の改善、強固な平和体制の構築には一歩も動こうとせず、制裁の維持と強化に奔走しているのは、6者会談を破綻させたブッシュ政権を彷彿させる。

CVIDはブッシュ政権でネオコンが追及した「失敗したアプローチ」で、「ビックディール」もポンペオ国務長官、ボルトン補佐官などのネオコン強硬派が追及する、すでに「失敗したアプローチ」の繰り返しに過ぎない。

「先武装解除、後体制転換」の試みである「ビックディール」は北朝鮮の反撃を招いており、核兵器開発を加速させたブッシュ政権の愚を繰り返すだけだ。

朝鮮外務省の崔善姫第1次官はハノイ会談直後に朝米合意を妨げたのは強硬論を振りかざしたポンペオ国務長官とボルトン補佐官であると非難した。 また同第1次官はポンペオ国務長官の「経路変更」発言について「それは米国だけの特権ではなく、決心さえすれば我々の選択にもなりうる。 米国が現在のように問題を複雑にして別の道でさまよいながら、我々が提示した時限内に自分の立場を再定立しない場合、米国は実に願わない結果を見ることになるだろう」と警告した(4月30日)。 また朝鮮外務省のクォン・ジョングン米国担当局長は詭弁を弄するポンペオ国務長官を朝米交渉から外すことを要求した(4月18日)。

圧力と制裁では北朝鮮を屈服させることはできない。 そろそろ米国は妄想から目を覚ます時だ。 「最大限の圧力と制裁が北朝鮮を交渉のテーブルに引き出した」とは我田引水に過ぎる愚かな分析だ。 安全保障のために核兵器を開発した北朝鮮が、制裁圧力に屈して安全保障を脅かす非核化に応じざるを得ないと考えるのは妄想に過ぎない。

5月3日に行われた米ロ首脳の電話会談でトランプ大統領は北朝鮮に圧力をかけ続けるよう要請したが、「プーチン氏は、北朝鮮の核・ミサイル実験停止を念頭に『義務履行に対し、制裁緩和に向けた相応の措置を取らなければならない』と強調」(時事通信5月4日)したという。 米国の制裁圧力路線は中ロ両国の支持を得られないことが鮮明になった。

本コラムで一度紹介したが、米国務省とCIAで、北朝鮮情報を分析したロバート・カーリン米スタンフォード大学国際安保協力センター客員研究員の見解を今一度紹介する。

「北朝鮮にとって、(リビアモデルは)本当に外交ではなく、単なる降伏要求」で、「このような戦術は北朝鮮に通じないということを、私たちはすでに知っている」

「『ビッグ・ディールでなければ何もない』という古い旗のもと、再び外交を放棄することは、さらに多くの核兵器で武装した北朝鮮というたった一つの結果を生む」

「さらに悪いのは、これが失敗した場合に実現可能なプランBはなく、圧迫の効能に対するほとんど宗教に近い信頼だけだ」(「ロサンゼルス・タイムズ」3月4日)(M.K

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元記者。 過去に平壌特派員として駐在した経験あり。 当時、KEDOの軽水炉建設着工式で、「星条旗よ永遠なれ」をBGMとして意図的に流しながら薄ら笑いを浮かべていた韓国側スタッフに対し、一人怒りを覚えた事も。 朝鮮半島、アジア、世界に平和な未来が訪れんことを願う、朝鮮半島ウォッチャー。 現在も定期的に平壌を訪問している。