休戦下にある朝鮮半島の軍事境界線をいとも簡単に越えて敵国である北朝鮮の地を踏んだトランプ大統領を非難するのは簡単だ。 しかし、世界を驚かせたトランプ大統領の歩みには「政治ショー」「選挙ショー」という非難では説明できないメッセージが含まれていることを無視することはできない。
北緯38度線付近を248キロにわたって東西に走る軍事境界線と南北に2キロ幅で設けられた非武装地帯は、朝鮮戦争の休戦とともに設けられた分断ラインだ。 トランプ大統領が軍事境界線を跨いだ板門店は休戦協定が調印された場所で分断の象徴として知られる。 米軍と北朝鮮軍によって管理される分断ラインに沿って、重武装した数十万人の、北朝鮮軍と米軍および米軍指揮下の韓国軍が対峙しており、軍事境界線は敵対と対決の産物だ。厳密にいえば朝鮮戦争は休戦しているだけで終わっておらず、板門店は世界で唯一残された「冷戦の最前線」でもある。
トランプ大統領はこの朝米対決の最前線で分断ラインを越え、現職の米大統領としてはじめて北朝鮮の地を踏み、敵国の指導者である金正恩国務委員長とにこやかに握手を交わし首脳会談を行ったのだ。 ブッシュ、オバマ両大統領をはじめ分断ラインを視察した歴代大統領が発したメッセージが敵対と対決であったとするなら、トランプ大統領が発したメッセージは明らかに和解と平和であったことは疑いない。 トランプ大統領のツイートではじまり、わずか一日で実現した驚くべき現実は、朝鮮戦争の終わりを告げる歴史的出来事として記録されよう。
話は横道にそれるが、この問題に関する報道で日本の一部の大手マスコミは、非武装地帯は「南北が管理」する地域と報じた。 朝鮮半島の、非核化をはじめとする問題を見えにくくする誤った報道だ。 非武装地帯を管理するのは北朝鮮軍と国連軍の帽子をかぶった米軍だ。 韓国軍に管理する権限はなく、韓国軍は米軍の作戦指揮下にある。 軍権を持たないこの現実が、韓国が朝米の仲介者足り得ない根本理由だ。 しかし、韓国は朝鮮半島問題の当事者だ。 文在寅政権は当事者として南北首脳会談を積極的に行い、平和と共同繁栄を目標に掲げている。 昨年12月、人道支援が話題になった。 タミフルを支援するというものだが、非武装地帯を管轄する米軍が制裁違反の理由でタミフルを輸送するトラックの通過を認めなかったことで挫折した。 米国の許可がなければトラック一台も非武装地帯を通過させられないのが現実だ。 この時もそうだが南北関係の進展をことごとく妨害する米国の反対を押し切る文在寅政権の強い意志を見て取ることはできない。 平和と共同繁栄は掛け声だけで行動が伴っていないということだ。
長くなるのでこの問題は別稿に譲るとして、話をもとに戻そう。
板門店での首脳会談の結果朝米は実務会談を再開させることに合意した。 トランプ大統領は会談直後の記者会見で明らかにし、北朝鮮も朝鮮中央通信の報道(7月1日)で、両首脳は、「朝鮮半島の緊張状態を緩和し、朝米両国の不幸な関係を終わらせ劇的に転換させるための方法問題と、その解決に障害となる互いの憂慮事項と関心事について説明し全的な理解と共感を示した」と指摘、「朝鮮半島の非核化と朝米関係において新しい突破口を開くための生産的な対話を再開」することに「合意した」と報じ確認した。
どうやらハノイ会談の決裂と膠着状態をリセットして、6.12朝米共同声明に立ち返って実務会談を進めようとしているようだ。 実際、朝米関係の改善、朝鮮半島の強固な平和体制の確立、朝鮮半島の非核化などに合意した6.12朝米共同声明をないがしろにして北朝鮮の一方的な非核化を強要する「ビッグディール」を主張するだけでは会談再開は不可能だ。 また実務会談が再開されたとしても一方的非核化要求がぶり返されれば、会談がたちどころに膠着するのは避けられない。
去る2月のハノイ会談を1か月後に控えた1月31日、ビーガン特別代表はスタンフォード大学で行った講演で「北朝鮮と同時的かつ並行的に移行する準備ができている」との柔軟な姿勢を示し楽観的な観測を生んだことがある。 しかし、ハノイ会談を5日後に控えた2月21日マスコミ向けブリーフィングを行った「米政府高官」は、ビーガン代表が言及した「段階的措置」を否定、「我々は非常に素早く動く必要があり、非常に大きく動かなければならない」と、ハノイ会談で持ち出された「ビックディール」を示唆し、ハノイ首脳会談は決裂した。
板門店首脳会談で合意し再開される実務会談でこの二の舞を演じてはなるまい。
去る6月19日にワシントンで開かれた、米国のシンクタンクである大西洋協議会と東アジア財団による戦略対話で基調演説したビーガン特別代表は「(朝米)双方は柔軟なアプローチの必要性を理解している」「米国は両首脳がシンガポールで行ったすべての約束について協議する準備ができている」「安全保障と全面的な関係改善に対する幅広い協議という脈絡とともに進めなければならない」などと述べ、「ビックディール」とは異なる姿勢を強く打ち出した。 またビーガン特別代表とともにこの戦略対話で基調演説した韓国の李度勲外交部朝鮮半島平和交渉本部長は、「交渉がなければ進展もない。 対話のドアを開いておかなければ、核問題を解決する部屋に入れない」「北との非核化交渉で制裁に重きを置いた過去の『失われた10年』の間、非核化という最終目標からむしろ遠ざかった状況であるだけに、北との交渉はもはや選択ではなく必須だ」と述べた。
「失われた10年」とは、6者会談が決裂した2007年からトランプ政権が発足した2017年の間を指すのだろう。 ブッシュ政権末期からオバマ政権にかけて米国は北朝鮮との対話の扉を閉ざして体制転覆のための圧力一辺倒政策を押し進めたが、目的を遂げることができず、北朝鮮の「国家核戦力の完成」を招いた。 米韓にとってはまさしく「失われた10年」であったが、北朝鮮にとっては「実り多き10年」であったといえよう。
再開される朝鮮半島の非核化のための交渉で核となるのは、米国による対北朝鮮敵対政策の転換と、北朝鮮の安全保障だ。 交渉と対話が続いたとしてもこの問題がないがしろにされ北朝鮮の武装解除、一方的非核化が追及されることになれば「失われた10年」が繰り返されることになろう。
朝米交渉再開と関連して一部で、交渉の焦点が北朝鮮の非核化と制裁解除のディールであるかのような見解と報道が多くみられるが、的外れだ。
李容浩北朝鮮外相はハノイ首脳会談決裂直後の3月1日深夜に行った記者会見で、「われわれが非核化措置を取るうえでより重要な問題は安全担保の問題であるが、米国がまだ軍事分野の措置を講じるには負担が多いとみて部分的な制裁解除を相応の措置として提案した」と指摘したことを忘れてはならない。
核心問題は安全の担保であり、北朝鮮の一方的な非核化はこれを害する。北朝鮮にとっては容認も妥協もできない問題だ。また制裁は北朝鮮を疲弊させ体制転覆の条件を整えようとするもので敵対政策の表れだ。朝米交渉が進む中で段階的に解除されるべき問題だが、制裁解除だけで北朝鮮の非核化と取引することはできない。
朝米関係を改善して、休戦状態に終止符を打ち、朝米間の平和体制を構築する過程で、北朝鮮を脅かす米国の核の脅威を除去する軍事的措置が伴ってこそ北朝鮮の非核化が可能だ。(M.K)
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