M.K通信 (42)ペットボトル

ペットボトルが溢れている。 首都‎平壌だけでなく小さな地方都市でもペットボトル飲料は普通の光景だ。 ミネラルウォーターだけでなく各種のジュース、栄養ドリンク、ヨーグルト飲料などなど。 さらに様々な調味料、焼酎などの酒類の容器にもなっている。

去る7月に約10日間の日程で平壌第1百貨店商品展示会という催しがあった。 食料品からキッチン用品などの日用品、衣服、バック、シューズ、家具まで、国産品が勢ぞろいする展示会で、2010年に始まり、今年で11回目を数える。 展示会には毎回、全国各地の工場、企業の新製品、試作品が出品され、ここで高い評価を受けた製品は同百貨店で販売される。 今年は579社の2304品目の製品が出品されたと伝えられた。 過去最高だという。 この催しを現地から伝えた朝鮮新報(8月8日)によれば、製菓や飲料水、肉や魚、加工食品が並ぶ食料品コーナーには、全国の約200社で生産した数千種類の食料品が並んだ。 その多様な商品群もさることながら、筆者が注目したのは飲料容器のペットボトルだけでなく、スナック菓子や肉や魚、加工食品がすべて樹脂を原料にしたフィルムで包装されていたことだ。

ペットボトルなどの飲料容器、包装フィルムなどが全国的規模で日常の風景になっていることは、石油精製品の輸入が極端に抑えられている「最大限の圧迫」下にあるにもかかわらず、化学製品の原料が全国にいきわたっていることを示すものだ。 食料品だけではなく展示会に出品された女性用のバック、カバン、シューズなど大半の商品がEVA樹脂などの化学製品と縁が切れないことも周知の事実だ。 また、AERAが去る5月に伝えた「ヨーグルト飲料や焼酎ボトル… 北朝鮮からの漂着ごみでわかった『厳しい情勢』と矛盾する嗜好品」との記事もこの一端を示すものだろう。 AERAは「この島(中国地方にほど近い離島)では10本以上、本土でも漂流物が多い海岸では1カ月で計40本にのぼる北朝鮮のペットボトルを見つけた。 日本海沿岸で北朝鮮の漂流物を探索して8年目に入るが、ここまで大量に北朝鮮のペットボトルが見つかるのは初めてのことだ。」と伝えた。

ソ連崩壊と90年代末の「苦難の行軍」を経た北朝鮮が2000年代に入って本格的に開発に取り組んだC1化学、石炭化学の威力を示すものだ。

北朝鮮に石油が埋まっていると言われて久しいが、採掘されておらず、自立経済と国家建設の大きな足かせになってきた。 米国が2017年11月ICBM「火星15」の発射実験後「最後の究極の手段」として石油製品の輸入を制限する制裁を加え、「最大限の圧迫」と豪語したのは、エネルギー問題が北朝鮮のアキレス腱と見たからだろう。

北朝鮮で「炭素1化学工業」と呼ばれるC1化学は、このアキレス腱問題を解決する魔法の杖だ。 産業、運輸、消費生活などに必要な動力、化学原料の源を石油ではなく、北朝鮮に豊富に埋蔵されている石炭に求め解決に向かっているのだ。 北朝鮮の公式報道をはじめ入手可能な様々な資料を分析してみると、北朝鮮の代表的な化学工場の一つであるナムフン青年化学連合企業所では無煙炭のガス化に成功し、2009年に無煙炭を原料にするガス化プラントが完成、肥料など化学製品の大量生産がはじまった。 また興南肥料連合企業所では褐炭を原料にするガス化プラントが完成し、2012年からは「炭素1化学工業」の出発原料であるメタノールの大量生産に入っている。 このように北朝鮮の化学工場ではすでに10年前に石炭ガス化プラントを完成させ様々な化学製品を生産しており、ペットボトルが日常の光景はそのたまものである。

C1化学、「炭素1化学工業」でガソリン、ディーゼル油、航空燃料を生産できることは広く知られている。 詳細は定かではないが、北朝鮮に石炭液化プラントが複数存在しており稼働している。 一昨年北朝鮮がミサイル実験を行うたびに固体燃料か、液体燃料かなどが話題になったが、米国は当初北朝鮮が航空燃料を中国などから輸入していたと見ていたふしがあった。 しかし後に輸入ではなく北朝鮮が自らの手で生産していたことを認めるに至っている。 近年話題になった北朝鮮のイカ釣り漁船だが、小さな木造船であってもディーゼル油がなければ動けない。 石炭の液化はまさしく自立経済の弱点を克服し、石油の禁輸を無力化させ得る魔法の杖だ。

一昨年、北朝鮮に対する石油禁輸が論じられていた時、英シンクタンクの国際戦略研究所(IISS)のエネルギー安全保障専門家ピエール・ノエル氏は「ブルームバーグ」(2017年9月27日)の質問に電話で「『厳密に言えば、北朝鮮は中国からの石油を必要としてはいない』とし、石油禁輸があまりにも大きな苦痛になり、北朝鮮が『われわれが悪かった。交渉の席に戻る』と言い出すというのは全くありそうもない」と述べていた。 また同氏は、北朝鮮が2015年に輸入した石油量に相応する燃料を得るには約600万トンの石炭液化が必要と試算し、石炭輸出の制限により液化のための石炭を確保できるとの見解を示していた。「最大限の圧迫」から2年近くになるが、待てど暮らせど制裁が狙った北朝鮮経済の混乱は来そうにない。 どうやらピエール・ノエル氏の分析は正しかったようだ。

「最後の究極の手段」としての石油禁輸制裁が行われてから1年後の昨年12月17日、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、制裁下にある北朝鮮が2016年から自国産の石炭をガス化して産業に活用する動きを加速させていると伝えながら、「技術や知見は中国が提供」していると指摘した。

しかし、この指摘は大きな間違いだ。上述のように北朝鮮の石炭ガス化、液化プロジェクトが本格的に動き出したのは2016年ではなく2000年代はじめで、2010年前後には化学工場でガス化プラントを完成させ公表するに至っている。 一方、中国での石炭液化プロジェクトが動き出したのは2008年頃。 神華寧夏石炭工業集団公司と南アフリカのSasol社が共同で液化プロジェクトを進め2016年に操業を開始する予定だったはずだ。 北朝鮮が技術や知見を中国に求めていたとすれば、2010年前後にガス化プラントが完成することはない。

韓米日の強硬派と欧米勢力はは何かといえば、中国とロシアの技術、知見を云々し、北朝鮮を「立ち遅れた後進国」と描写するのに躍起になっている。 石炭化学も中国の技術がなければ独自開発は不可能と言いたいらしいが、北朝鮮にその程度の開発力もないとさげすんでいると後で痛い目にあうことになるだろう。

少し横道にそれるが、米国の声(VOA)は8月6日、ドイツのミサイル専門家=Markus Schiller博士が「最近、北朝鮮が公開した新型兵器が全て実験回数に比べて相当な成功率をみせている」とし、「全体的にリバースエンジニアリングしたものではなく、ロシアと直接技術を提携した可能性が高い」と述べたと、報じた。 新型兵器とはイスカンディルに似た飛翔体を指すと思われるが、北朝鮮には「リバースエンジニアリング」する技術もないと、言いたいらしい。 北朝鮮は8月10日にも新型飛翔体の試験発射を行ったが、今度はイスカンディルではなく、米国のATACMS短距離弾道ミサイルに酷似しているという。 ドイツのミサイル専門家=Markus Schiller博士風に分析すると、「米国と直接技術を提携」したことになるのか? どういう解説が出てくるのか楽しみだ。 是非分析、解説してほしい。

北朝鮮では現在行っている国家経済発展5カ年戦略の主要な課題の一つとして「炭素1化学工業」の創設を掲げている。 現在の進捗状況を見れば大規模で総合的なC1化学プラントが来年には完成するとみられるが、褐炭を利用した石炭乾留工程の整備、灰芒硝(硫酸ナトリウム、硫酸カルシウム、石膏、土などで構成される鉱物)を出発原料とする炭酸ソーダ工業の完備、メタノールと合成燃油、合成樹脂など化学製品生産の主体化を高い水準で実現されるだろう。

「最後の究極の手段」であるはずの石油の禁輸で北朝鮮が手を挙げると信じている勢力にとって期待はずれの結果になる可能性が大きいようだ。(M.K

スポンサードリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

元記者。 過去に平壌特派員として駐在した経験あり。 当時、KEDOの軽水炉建設着工式で、「星条旗よ永遠なれ」をBGMとして意図的に流しながら薄ら笑いを浮かべていた韓国側スタッフに対し、一人怒りを覚えた事も。 朝鮮半島、アジア、世界に平和な未来が訪れんことを願う、朝鮮半島ウォッチャー。 現在も定期的に平壌を訪問している。