米日韓の安保体制がきしみ音をたてて揺らいでいる。 米日韓安保体制は韓米同盟と米日同盟、韓日の「基本条約」(1965年)体制によって形作られている。 これに加え韓日を軍事的に結びつける米国の思惑にしたがって結ばれたGSOMIA(韓日軍事情報包括保護協定)がある。
米ソ冷戦下で、米国を頂点に形作られた米日韓安保体制は、冷戦後も「北の脅威」を口実に問題なく維持されてきたが、ここに来て大きく揺らぎ始めた。 揺らいでいるという表現よりも危機に直面していると言った方がよいかもしれない。 それも深刻な危機と言っても言い過ぎではあるまい。
文在寅政権によるGSOMIA破棄決定で韓日間に亀裂が走り、韓米間の戦時作戦統制権返還問題と駐韓米軍維持費の引き上げ問題が韓米同盟を過去には見られなかった危機へと押しやっている。
GSOMIA問題の発端は植民地時代の徴用工問題。 性奴隷問題とともに徴用工問題は日本の植民地支配に対する真摯な反省と謝罪もなしに、米国の冷戦戦略に従っていくばくかの「無償、有償援助」で妥結した「韓日基本条約」に根源がある。 軍事クーデターで政権を奪った朴正煕軍事政権によって結ばれたが、「韓日基本条約」は歴史を歪める「親日反民族的条約」との激しい反対運動を招いた。 反対運動は軍事政権の強権で抑え込まれたが韓国で民主化が進むにしたがい、性奴隷問題に象徴される歴史認識の違いが表面化するのは必然であったといえる。 このように徴用工問題は性奴隷問題とともに、「韓日基本条約」に根ざす歴史問題であると同時に、民族の自尊心と直接かかわる問題でもあった。
しかるに安倍政権は歴史問題を安全保障問題にすり替え韓国をホワイト国から除外する挙に出た。 しかもフッ化水素を北朝鮮に横流ししたかのようなでっち上げ情報を流布して口実を作ったことも重なり、反日感情を刺激しGSOMIA破棄決定を招き、韓日間に大きな亀裂が生じるに至った。
米国はGSOMIA破棄決定に至った経緯と原因を無視して、文在寅政権に破棄決定を取り下げGSOMIAを続けるよう圧力を加えている。 ポンペオ国務長官はじめ国務、国防の高官が声をそろえて「遺憾」と「失望」を表明、破棄決定撤回を要求、9月に入ってからはデービッド・スティルウェル国務省東アジア太平洋次官補とジェームス・ディハート米防衛費分担交渉代表、キース・クラック国務省次官(経済成長・エネルギー安保・環境担当)などが訪韓してGSOMIAの延長とインド・太平洋戦略への参加を求めた。 過去に例を見ないこのような異様な光景は反米、反日感情を大きく刺激している。 特に米国のインド・太平洋戦略は米国を頂点に、韓国を日本の下位パートナーに位置づけるものでなおさらだ。
11月15日にはソウルで第51回韓米安保協議会議(SCM)がセットされている。 エスパー国防長官が訪韓、GSOMIA延長と、米日韓安保体制を揺るがす今一つの要因である戦時作戦統制権返還、この問題と密接な関係があるインド・太平洋戦略への参加などの懸案が論議されるという。 論議とは聞こえはいいが、その実体は一方的な要求と圧力だ。
戦時作戦統制権返還について米国が合意したのは2014年のこと。 文在寅政権はこの合意に基づき任期が終わる2022年までに実現する目標を立てている。 名分は軍事主権を取り戻し自主国防を実現すること。 軍権、軍事主権を持たない国は独立国ではない、といっても言い過ぎではない。 自国の軍隊に対する指揮権を米軍に握られていることが堪えがたいコンプレックスになっていただけに、戦時作戦統制権返還は国民の圧倒的支持を背景に進められていた悲願であったと言ってもいいだろう。
ところがここに来て、米軍は米韓連合司令部創設にかかわる1978年の文書を根拠に「国連軍司令官が米韓連合司令部を指揮することができる」と主張、戦時作戦統制権返還約束を反故にし、骨抜きにしてしまったのだ。 さらにヴィンセント・ブルックス、バーウェル・ベルなどの米韓連合司令官経験者も、10月に行われた「韓米同盟セミナー」、10月末に韓米クラブに送った書簡などを通じて「韓国は『同盟』と『自主』のジレンマに陥っている」「今の問題は自主国防ではない」「北核への対応は米軍指揮部のみ可能」「(今の状態で)戦作権転換実現の可能性はない」などと主張し、念願であった軍事主権の回復要求を露骨的に踏みにじり、韓国民の怒りを呼び起こしている。
ソウルから伝えられるところによれば、作戦権返還をめぐり韓米間で激論が交わされたが、米軍は作戦権返還を頑強に拒否したばかりか、インド・太平洋戦略への「韓国軍の貢献」を名分に、朝鮮半島有事だけではなく、「米国の有事」にも軍を派遣することを求め圧力を強めているという。 韓国の軍事主権回復を拒否去れたことだけでも屈辱的なうえに、米国の言うががままに海外に派兵することを求められ、文在寅政権と軍内では米国に対する不満と不信が渦巻いており、それはGSOMIA破棄撤回の高圧的な要求と相まって怒りに変わりつつあるという。
作戦権返還約束を反故にされ民族的自尊心を踏みにじられただけでなく、GSOMIA延長、海外派兵、駐韓米軍維持費の大幅引き上げなどの受け入れがたい要求を突きつける米国の高圧的な姿勢は、強固だと喧伝される「韓米同盟」を蝕み弱体化させるに十分だ。
「韓米同盟」の緩みと弱体化は、朝米交渉が行われる中で静かに進み避けられなくなっている。
本コラムで重ねて指摘したが、北朝鮮の「国家核戦力の完成」を背景に行われている朝米交渉は、北朝鮮の非核化のための交渉ではなく、朝鮮半島の非核化、本質においては戦火を交え今なお休戦状態にある朝米の和平交渉だ。 曲折こそあれ朝鮮戦争の終結と平和協定の締結は避けられず、駐韓米軍と「韓米同盟」の存在意義が問われている。 シンガポールでの朝米首脳会談の直後の記者会見でトランプ大統領が駐韓米軍の撤退に言及したことはこれを物語ってあまりある。 すでに疑問符が付いた「韓米同盟」の弱体化は避けられず、作戦権返還拒否へと転じた米軍の豹変、GSOMIA破棄撤回等々の傲慢な圧力は韓米間の亀裂を招いている。
北朝鮮が「対決宣言」と非難した合同軍事演習「ビジラントエース」の強行は、北朝鮮に対する軍事的挑発であるだけでなく、米軍による韓国軍への統制を強め弱体化する「韓米同盟」にテコ入れする狙いもあるようだ。 もともと米軍は合同軍事演習に韓国軍に対する統制と指揮権を強化する手段としての役割も持たせてきたからだ。
当面GSOMIAに関心が集まっている。 米国の異様と言える圧力によって、たとえ延長を余儀なくされたとしてもそれは韓日間に大きく開いた傷口を一時的に縫合する弥縫策にすぎまい。 文在寅政権に屈服を強いる米国の傲慢な圧力は、反日感情が反米感情へと飛び火する結果を招こう。
米日間安保体制は機能不全の危機に直面しいている。(M.K)
コメントを残す