1979年12月12日
南北で統一への機運が高まる中、軍事独裁体制のさらなる強化を図る朴正熙大統領が1979年10月に暗殺され、「ソウルの春」と呼ばれる民主化ムードが高まった。 そんな中、全斗煥陸軍少将(当時)と、盧泰愚など「一心会(ハナ会)」と呼ばれる軍部中堅幹部グループが「粛軍クーデター」を断行、新たな軍事独裁を確立する。
やがて光州へ
のちに、それに抵抗した1980年5月光州民主化抗争、1987年6月民主化抗争と、多くの犠牲者を出したものの民主化と民族統一を志向する流れは軍事独裁政権を収束させ、やがて韓国に文民政権時代をもたらした。
コメントを残す