無言に込められたメッセージ

コリョ・ジャーナル

朝鮮の金正恩国務委員長は今年、「新年の辞」を行わなかった。

「対話のための対話」を望む米国に対し、朝鮮が交渉期限を2019年内に設定して米国が「新しい計算法」持って交渉に望むよう圧力を掛けていたこともあり、金国務委員長の「新年の辞」が世界中から注目されていた。

その「新年の辞」の代わりに、朝鮮労働党中央委員会第7期第5回総会で行われた金委員長の報告が「実質的な新年の辞」となると言われている。

例年の「新年の辞」は主に「朝鮮国内問題」「北南関係」「朝米関係」「国際関係」で構成され、北側が南側を批判したり何かを提案する対南メッセージの窓口となっていた。 実際、2019年の新年の辞を見ても「何の前提条件や対価なしに開城工業地区と金剛山観光を再開する用意がある」とのメッセージを送っている。 しかし、今回の総会報告では「北南関係」に対する言及がただの一つもない。 これは極めて異例なことだ。

朝鮮が総会報告で南北関係への言及を全く言及しなかったのは、韓国側を意図的に無視したということになる。 朝鮮はなぜ「南側」を排除したのだろうか? それは、朝鮮側が昨年たびたび韓国側に向かって発していたシグナルを思い起こしてみると理解できる。

朝鮮半島情勢の現状を見ると、残念ながら南北関係は再び凍り付き、朝米間には緊張が高まっている。

この様な状況に陥るとは1年前には予想することが困難だった。 2018年平昌冬季オリンピックを契機に朝鮮半島に吹いた追い風は3回の南北首脳会談と史上初の朝米首脳会談という結実をもたらしたが、ハノイ朝米首脳会談の不発以降、揺り戻しが起こった。

対話局面の初期には南北関係が米朝交渉を牽引した。 しかし、朝米交渉が膠着状態に陥ると南北関係まで停止してしまった。

韓国側は、南北首脳が生み出した歴史的な合意に対しいちいち米国の決裁を受けようとした。 米韓ワーキンググループをわざわざ作ってほぼ全ての南北協力事業を審議するようにした結果、米国は南北鉄道・道路連結事業と金剛山観光・開城工業団地再開はもちろんのこと、タミフルのサポート問題についてもそれを乗せて運ぶトラックさえ「制裁対象」とした。 朝鮮はこの過程をすべて見ていた。

金正恩国務委員長は4月の施政演説で、韓国側が朝米間で調停者やまとめ役ではなく「民族の利益を擁護する当事者」の役割をしてほしいと苦言を呈した。 しかし韓国側はその期待に応えることがなかったし、民族自主はおろか、米国の顔色を窺ってばかりで自発的に動こうとしなかった。

その最たるものが金剛山観光と開城工団だろう。 北側は9.19平壌共同宣言の履行を信じて金剛山観光と開城工業団地の条件のない再開意思を明かしたが韓国側は終ぞ北側の思いに応えることはなかった。

金委員長は総会報告で現状と関連し、 朝米対決は今日に来て「自力更生と制裁との対決」に圧縮され明らかな対決図を描いていると規定した。 本来、南側が同族として、UN安全保障理事会の対朝鮮制裁を緩和させる為に働きかけて「民族自主」の原則に沿って金剛山観光を再開させれば良かった。 だが、韓国政府はそれを全くしなかった。 それならばと、北側は独自の力、すなわち自力更生で解決してゆくことにしたし、必然的に南側が立つ瀬がなくなったのだ。

朝鮮は昨年11月に釜山で開かれたASEAN諸国特別首脳会議に金正恩国務委員長を招待した韓国側に対し、「濁り切った南朝鮮の空気は北南関係に対して非常に懐疑的であり、南朝鮮当局も北南間に提起される全ての問題を依然として民族共助でない外部勢力依存で解決していこうとする誤った立場から脱せずにいることが、こんにちの厳然たる現実である」と指摘、自主性も独自性もなく全てのものを外勢の手に完全に委ねている相手と向かい合って何を議論することができ、解決できるだろうかと苦言を呈した。

また、「特に、北南関係の現危機がどこから来たのかをはっきり知って痛嘆しても遅い時に、あれほど米国に頼って失敗したことでも足らず、今度は住所も番地も間違っている多者協力の場で北南関係を論議しようと言うのだから訝しいだけである」とも指摘した。 統一部関係者でさえも「『民族自主』を掲げ、朝鮮が韓国側の政府の独自の役割がないと判断する限り対南態度が変わる切っ掛けはないだろう」と述べ、何が問題なのかを理解している。

朝鮮が「新年のメッセージ」で南側に対し無言に徹したのはどういう意味だろうか?

朝鮮は、今回の総会報告の基本精神が「情勢が良くなることを座して待つのではなく、正面突破戦を展開しなければならないということだ」と明言している。 それは、「自力更生」対「制裁」の局面で、米国を中心とした外勢の対朝鮮制裁を自力更生で突破し道を切り拓いていくという決心に他ならない。

朝鮮は「新年のメッセージ」で南側を無視することにより、逆に南側に悟らせようとしているのではないだろうか。 傍観者でも調停者でもない朝鮮半島問題の一方の当事者として、民族内部問題は民族自主の立場に立ち返る事、対米従属の束縛と柵の構図の中、他力本願、外勢依存ではなく自らの力、民族自主の精神で「正面突破」してほしいという願いが込められているのではないだろうか。(Ψ)

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元記者。 過去に平壌特派員として駐在した経験あり。 当時、KEDOの軽水炉建設着工式で、「星条旗よ永遠なれ」をBGMとして意図的に流しながら薄ら笑いを浮かべていた韓国側スタッフに対し、一人怒りを覚えた事も。 朝鮮半島、アジア、世界に平和な未来が訪れんことを願う、朝鮮半島ウォッチャー。 現在も定期的に平壌を訪問している。