M.K通信 (61)李善権 朝鮮新外相と「天安艦事件」

韓国を公式訪問(2月2日)した米太平洋艦隊司令官が4日、京畿道平沢市にある韓国海軍第2艦隊司令部を訪ね「天安展示館」を見学した。 過去の事例からして米軍指揮官が「天安展示館」を訪れる目的は朝鮮の「好戦性」をプロパガンダし敵意を煽ることにある。 「天安艦事件」について把握していない読者にとっては、意味不明の書き出しになってしまったが、わかりやすく稿を進めることで理解を乞いたい。

「天安艦事件」が発生したのは今から10年も前の2010年3月26日のこと。 朝鮮の諺に「10年経てば江山も変わる」とあるが、「天安艦事件」は今なお終息しておらず、現在進行中の事件と言えそうだ。 10年前の3月、米韓合同軍事演習の最中に、韓国哨戒艦「天安」が朝鮮の潜水艦が発射した魚雷によって沈められたとされる事件。 しかしこれは事実ではなく米軍とその指揮下にある韓国軍によって乱暴かつ粗雑にでっち上げられた事件で、損傷した「天安艦」を展示した「天安展示館」は、ことあるたびに米韓軍によって朝鮮との対立を煽るツールとして利用されてきた。

2年前に韓国で開かれた平昌オリンピックは南北対話が始動した平和の祭典であったことは記憶に新しい。

当時米国からはペンス副大統領が米国を代表して参加していたが、同副大統領はオリンピック開会前夜に開かれたレセプションに、朝鮮からの代表団が参加していることを理由に参加せず、何と「天安展示館」に行き、朝鮮に対する敵対感情を煽り、顰蹙を買ったことは記憶に新しい。 もうひとつ例を挙げれば、今韓国で「朝鮮総督のようだ」と非難されているハリス現駐韓米大使のことだが、同大使が米太平洋軍司令官を務めていた2015年6月韓国を訪問、「天安展示館」に行き朝鮮を「不良国家」と非難したことがある。 当時朝米間の緊張が激化していた時期のことだ。

トランプ政権が朝鮮の要求を聞き入れず敵対政策を撤回しないことが原因で朝米非核化交渉の幕が閉じたタイミングで、ハリス大使が「南北協力」を露骨に牽制し、米太平洋艦隊司令官が「天安展示館」で対朝鮮敵対感情を煽っていることだけでも、「天安艦事件」は現在進行中の事件といえよう。 しかし、筆者が冒頭で、現在進行中、と指摘した理由はこれに止まらない。

話は10年前に戻る。 「天安艦」が沈んだのは3月26日のことだが、その約2か月後の5月20日に、合同調査団(事件直後米韓両政府は「北朝鮮の攻撃を受けて沈没した可能性は低い」としていたが、すぐに撤回され急遽米、英、韓、豪、スウェーデンなどによる調査団が米国主導で結成された)は、「天安は北朝鮮による魚雷の攻撃を受けて沈没したと」断定する調査結果を発表した。

これに対し、朝鮮国防委員会政策局が記者会見を行い、調査結果に全面的に反論した。

反論の中心の一つに「1番魚雷」というのがある。 これは船を沈めた魚雷の残骸に「1番」と通し番号が書かれており、朝鮮側が魚雷で攻撃した「決定的証拠」とされたことと関連する。 朝鮮国防委政策局は、①「1番」という番号がマジックで書かれているが、朝鮮では兵器に番号を記すとき機械で打刻しマジックでは書かない②兵器の通し番号は「1番」ではなく「1号」と打刻する。 「105号戦車」「405号戦闘機」という具合に、「番」ではなく「号」を使う。 「番」を使うのはスポーツ選手だけで、その魚雷はサッカー選手なのか、バスケットの選手なのか?ーと反論し、記者団の笑いを誘った。

これは反論のごく一部に過ぎないが、調査結果がいかに荒唐無稽なのかを立証するに十分なものであった。

この反論会見を行ったのが、朝鮮の新外相に就任した李善権、その人である。 当時政策局の中心メンバーであった李善権大佐は米韓側調査結果のあまりの粗雑さにあきれ返って「何かをねつ造したいのなら少しは朝鮮のことを調べてねつ造したらどうか」とまで述べている。

米韓側は朝鮮側の反論には触れないまま、「北朝鮮の犯行」と頑強に言い張ったが、大半の韓国民衆は、真相解明に動いた人々が逮捕、投獄され、沈黙を強いられたこともあり信じていない。

問題は当時の李明博保守政権がこのねつ造された調査結果に基づき、談話を発表し、金大中政権時代に南北間で合意した、南北双方によるそれぞれの海域および海上交通路の利用を禁じ、南北間の交易も中止する強硬措置に打って出たことだ。 いわゆる「5.24措置」とされるもので、現在もこの「措置」が南北協力の大きな障害物になっている。

2018年6月の朝米首脳会談以後の10月、文在寅政権が「5.24措置」解除の検討を示唆したことがあったが、間髪を入れず、トランプ大統領が「我々の承認なくそのようにしないだろう」「彼らは我々の承認なしに何もしない」と述べ、南北協力の進展にストップをかけたことは周知の事実だ。

「天安艦事件」が現在進行中の事件であるという理由はここにある。

李善権朝鮮新外相は非核化交渉が終了し朝米間が膠着した中で就任した。 李善権新外相に対し米韓側は否定的な見方を意図的に流布している。 南北首脳会談時に平壌を訪問した韓国の財界人に「暴言を浴びせた」「強硬派」などというのがそれだ。

しかし、米韓の当局もマスコミもなぜか「1番魚雷」については一切触れようとしていない。 稚拙で粗雑な「1番魚雷」にまつわるねつ造を見事に暴いて見せた、緻密で理路整然とした論理、ユーモアも交えた説得力ある弁舌こそが李善権朝鮮新外相の持ち味である。 李善権新外相が国防委政策局の中心メンバーであったことから明らかなように、同外相は米国の軍事外交に精通した政策通だ。

昨年末に開かれた朝鮮労働党全員会議で米国の敵対政策を正面から突破するための「新しい道」が打ち出されたが、外交部門においては「わが国家の戦略的地位と位相に依拠して、大国的姿勢で外交戦、策略戦を自信をもって展開しなければならない。」(「労働新聞」3日付け社説)との方向性を打ち出した。

米国が敵対政策を撤回せず朝鮮の体制転換を追及している条件下で、意味のない非核化交渉にとらわれるのではなく、核保有を前提にした外交攻勢を展開する意思の表れだ。

朝米非核化交渉の局面が過ぎ去り、朝米関係が膠着状態に陥った状況下で、米国の軍事外交に精通した李善権新外相の就任は時宜を得た人事のように見える。

朝鮮側が米国が敵対政策を撤回しない限り「朝米非核化交渉はない」と重ねて表明し、「正面突破戦」を打ち出したのを受けて文在寅政権は個別観光を中心にした南北協力を言い出している。

これに対して平壌市民の反応は極めて冷淡だ。 去る1月24日に朝鮮中央テレビは、今年になって南北協力を突然言い出した文在寅政権に対する市民の反応を取材、放映いているが、テレビ記者の質問に応じた一市民が次のようにコメントしたのは印象的だ。

「文在寅が来た時、私も手が痛くなるほど拍手した。 その時、合意書に署名して大きな変化が起きるかのように振舞っていたが、振り返ってみれば何も実行したことがない。 歴代的に自身の主張もなく米国の言いなりになって言いたいことも言えない人々であると思っていたので、最初から信じていなかった。」

文在寅政権の南北協力論は南北関係改善への真実味に欠け、その幕がすでに下ろされた朝米非核化交渉の再開を求める米国の要求に沿った動きのように見える。 文在寅政権が米国の力を借りて朝鮮の体制転換につながる「先非核化」を追及していることに根源があるようだ。

非核化交渉は終わり局面は転換した。 にもかかわらず姑息な手段で局面を引き戻そうとするのは見苦しい。 文在寅政権が掲げた「平和と共同繁栄」はどうやら虚構に過ぎなかったようだ。(M.K

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元記者。 過去に平壌特派員として駐在した経験あり。 当時、KEDOの軽水炉建設着工式で、「星条旗よ永遠なれ」をBGMとして意図的に流しながら薄ら笑いを浮かべていた韓国側スタッフに対し、一人怒りを覚えた事も。 朝鮮半島、アジア、世界に平和な未来が訪れんことを願う、朝鮮半島ウォッチャー。 現在も定期的に平壌を訪問している。