関与の手段を失ったトランプ大統領
(続) 話を先に進めよう。
「ワシントンポスト」紙が「狂ったように大騒ぎ」と表現したのは言い得て妙だが、背景には朝米非核交渉破綻がもたらした厳しい朝米対決の現実があった。
昨年末に金正恩委員長の指導下で行われた異例の朝鮮労働党会議で「正面突破戦」を宣言したことにより、朝米非核交渉に終止符が打たれた。 「正面突破戦」とは米国の経済制裁を自力更生で突破し、これを核抑止力で担保するというもので、▲非核交渉については、米国が敵対政策を撤回しない限り応じない▲ICBM実験凍結などの措置は、守ってくれる相手もいないのでこれ以上一方的に縛られない▲戦略兵器の開発を中断なく進め、上向き調整する▲世界は遠からず、朝鮮民主主義人民共和国が保有することになる新しい戦略兵器を目撃することになるーとの姿勢を示した。
トランプ大統領にとって大きな打撃であったことは想像に難くない。 ▲トランプ大統領が成果と誇った「核凍結」が崩れ去った▲一方的核廃棄を迫る関与の手段を失い朝鮮の核抑止力増大を止められなくなったーためだ。
トランプ大統領の親書外交は局面を打開し朝鮮に深刻な打撃を与える作戦の出発点であったようだ。 1月に送られた金正恩委員長の誕生日を祝う親書を朝米対話再開のためとみるのはあまりにも短絡的だ。 米国が党会議決定の重みを知らないはずがない。 3月に送られた親書も同様で、真の目的を秘めたまま懸命に微笑み相手の警戒心を解こうとしているようだった。
「健康異常説」が流布される直前の4月18日、トランプ大統領は金正恩委員長から素敵な手紙が届けられたと述べるに至る。 コロナ会見の途中の突然の出来事であったという。 認知症でもない限り超大国の大統領が送ってもいない書簡が届けられたと述べた理由な何なのか? トランプ大統領が朝鮮に微笑みかける重大な理由あったのだろう。 朝鮮が間髪を入れずに書簡を送っていないと明らかにしたのは周知の事実。
「狂ったような大騒ぎ」の影で
「狂ったような大騒ぎ」が始まったのは翌日の20日。 偶然だったのだろうか?
「大騒ぎ」に目を奪われ、4月18日~4月20日を前後して起こっていた深刻な軍事的動きに注目する人は殆どいなかったようだ。
韓国合同参謀本部は14日、朝鮮が東部地域で巡航ミサイルを発射し、戦闘機が出動、空対地ミサイルも発射されたと発表した。 合同参謀本部は通常なら飛翔体発射直後に発表していたがこの日はなぜか朝の出来事を午後になって発表している。
一方朝鮮側はこの事実を一切発表しなかった。 兵器の試験発射、訓練ならば翌日に発表する慣例に従わず沈黙した。 また衛星打ち上げならともかく4月15日を控えこの種の軍事演習を行った例はほとんどない。さらに4月15日は韓国の国会議員選挙日で相当の理由がない限り保守野党に有利に作用する飛翔体発射訓練などを行わない。 一般論だが訓練でも実験でもなければ戦闘行動だ。
朝鮮側の異例な飛翔体発射と戦闘機の出動、韓国側の発表も通常とは異なっていた理由は4月24日に明らかになる。 鄭景斗国防長官が同日国軍医務学校で開かれた任官式で突如「北朝鮮軍の動きが尋常ではない」、特に「砲兵中心の戦闘準備体制点検と空軍機の飛行が異例に増加している」「北が緊張の水位を高めており、わが軍は現状況を準戦時状況と認識」していると述べたのである。
「準戦時状況」とピエロの踊り
24日と言えば「健康異常説」が佳境に入っていた頃だ。 鄭景斗の「準戦時状況」発言は「狂ったような大騒ぎ」の影で、14日から24日直前まで深刻な軍事的緊張が作られていたことを示すものだ。
この一触即発ともいえる緊張状態と関連、様々な憶測があるが、韓国の一角で米国が「斬首作戦」を画策していたと見る向きがある。 ソレイマニ司令官テロ殺害に味を占めたトランプが二匹目のどじょうを狙ったとしても不思議はない。
真相は確かめようがないが、「狂ったような大騒ぎ」の中、トランプ大統領の特異な行動は、真っ白いドーランを顔に塗り笑みを浮かべ踊りながら、衣装の下で刃を研ぐピエロに見える。
「知らない」から、CNNの報道は「正しくない」へ、そしてまた「知っているが話せない」と述べ、27日には「私は金委員長ととてもいい関係を保っている。 私が大統領でなかったら我々は(今頃)戦争状態にいることだろう」と発言を二転三転させた。 「とてもいい関係」なのに送ってもいない書簡が届いたと述べるだろうか? トランプ大統領が自らピエロ役を買って出た軍事的行動をともなった危険な火遊びであった可能性を否定できない。
トランプ大統領がCNNの報道は「正しくない」と述べた22日、米統合参謀本部ハイテン副議長がタイミングを合わせるように国防総省で記者会見し「金氏が現在も核戦力を含め全軍を完全に掌握していると推察している」と述べた。 マスコミのバカ騒ぎだったのなら、ハイテン発言は極めて異様だ。 統合参謀本部のナンバー2が誰に向かって、何の目的で”敵の司令官は健在”だと述べたのであろう。 鄭景斗が「準戦時状況」と述べた、緊張が最高潮に達していた時期に・・・。
一方、文在寅政権は一貫して金委員長は健在だと主張し続けた。 情報収集力の結果と胸を張ったが、ソウルの下水道で飼う「デイリーNK」の嘘を掌握していなかったとしたらお笑い草であろう。 22日には「正しくない」と述べたトランプ大統領と歩調を合わせて、金正恩委員長の居所をあぶりだす陽動作戦を担っていたのかもしれない。 一貫して唱えた元山滞在説は、米国からの金委員長の乗馬姿を衛星がとらえた等々の情報と相まって、居所を示す端緒を得るために流された意図的な偽情報であったようだ。
金正恩委員長が順川リン肥料工場竣工式に参加した事実を米国も韓国も朝鮮マスコミの報道で確認したようだ。 事前にその兆候をつかんだ形跡はない。
金正恩委員長の健在確認後、米国は朝鮮に対する軍事的、経済的圧力を一層強めている 。朝米間の対立が一層激化するのは避けられそうもない。(M.K)
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