朝鮮外務省のクォン・ジョングン米国担当局長が13日、次のような談話を発表した。
12日、南朝鮮の「外交部」当局者が朝米対話の速やかな再開のために持続的に努力するだの、朝鮮半島の完全な非核化と恒久的な平和体制構築のための努力は続くべきだのと僭越にのたまった。
朝米間の問題と特には核問題について論じる身分でもなく、割り込む隙も、席もない南朝鮮当局が朝米対話の再開を云々し、非核化について自分勝手に解釈しながら言葉にもならない戯言をほざいているが、実に途方もないことである。
とぎ汁に投げられた胡瓜のへたのようにそれほどに見捨てられたのなら今や自分の境遇を知って余りあるはずであるのに、僧が念仏を読むかのように無分別に非核化をう云々しているのである。
まさに1年前も、ふさわしくない体裁で無様に振る舞わず朝米の間からさっさと抜けろと忠告を与えたと記憶されるが、今までも介入する名分を探してみようとする南の人々の姿があまりにも哀れでみすぼらしい。
言っておくが、今、朝米対話がなく非核化が台無しになったのは仲裁者がいないからではない。
敢えてその理由を南で好んで使う言葉通りに説明するなら、非核化に向けた「与件醸成」ができていないからである。
非核化が実現されるにはどのような条件が成熟すべきであり、どんなに多い山を越えなければならないのかその概念さえ知らないとんまらが生水を飲んでげっぷをするようにその渦中にもオウムのように非核化を云々するざまを見ると、こんなにも愚鈍であるのかという考えを禁じえない。
いくら仲間入りしたくても、ここに至ってみれば身の程をわきまえるべきではないか。
明白に言っておくが、我々は米国が加える持続的な脅威を制圧するために我々の力を引き続き養うであろうし、我々のこのような努力はまさにこの瞬間にも絶え間なく続いているということである。
我々を相手にしようとするなら、多くの苦心をし他の方法を探して接近すべきであろう。
我々は2年前とも多く変わったし、今も変わっており、引き続き恐ろしく変わるであろう。
非核化という馬鹿げたことは言わない方がよい。
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